Bierreise 2009 Germany&Scandinavia 9:Stralsunder Störtebecker ≪1402≫
翌日はStralsundの街を観光しました。 シュトラールズントはバルト海沿いの港町で、ハンザ同盟都市の一つで中世に栄えた街です。 1944年10月に連合軍の爆撃を受けており、広範囲に渡り破壊されてしまっているものの、旧市街には古い町並みが結構残っています。 そんな事もあってか、同じくバルト街沿いのハンザ都市であるWismar(ヴィスマール)と共に旧市街が世界遺産に登録されています。 同じ港町、という事もあって、どことなくWismarと雰囲気が似ています。 レンガ造り/ファサードが特徴的な建物が立ち並ぶ街並みは、LübeckやRostock等と言ったハンザ同盟都市の街とも似ておりこの地方の建築方式には特徴があります。 港町、と言う意味では、非常に有名なのがOzeaneumという水族館。 2008年に開業と言う事で、2009年訪問時は出来て僅か1年。 当初訪問するはずでしたが、あまりの行列で断念。 ドイツに珍しい水族館だからか、かなり人気でした。 ///////////////////////////////// 今日は引き続き、そんなHansestadt Stralsund(ハンザ都市・シュトラールズント)の地ビール醸造所である Stralsunderbrauerei を詳しく紹介したいと思います。 Stralsunder Brauerei(シュトラールズント醸造所)は1827年の創業で、バルト海での海水浴をしに来たリゾート客の間で好評を博していたようです。 戦後はシュトラールズントは社会主義圏に組み込まれたため、シュトラールズント醸造所はVolkseigener Betrieb(VEB=国営企業)としての道を歩むことになります。 その間は、技術や設備の老朽化、さらには純粋令に依らない原材料の使用による品質低下が続き、醸造所自体色々な意味で危うくなりかけました。 東西ドイツ統一後は、Haus Nordmann(ハウス・ノルトマン)という飲料販売会社が、シュトラールズント醸造所に資本を投下したため、その後は名声を取り戻し、現在に至ります。 19世紀ごろ創立→地元だけでなく隣州等でも名声を得る→戦後はVEB(国営企業)となり、品質低下→東西統...